いつもは片付けや暮らしのことを書いているこのブログですが、今日は少し違うお話を。神社参拝をはじめた、という番外編です。
椿大神社との出会い
今年の4月、仲良くしていただいている友人たちと一緒に、三重県にある椿大神社へお参りに行きました。
きっかけは、信頼している方からのすすめ。友人数人が同じ日に同じアドバイスをいただいて、「それなら一緒に行こう」という話になりました。
我が家から車で片道2時間。決して近くはないけれど、それでも行く価値があると感じています。
「呼ばれないと辿り着けない」神社
椿大神社について、こんなお話を聞きました。
急な予定が入ったり、体調を崩したり、交通の事情で足が止まったり――そういうことが重なって、なかなか辿り着けないことがあるそうです。逆に言えば、スムーズにお参りできたときは、神様に呼んでいただけた、ということ。
4月の初参拝も、昨日の2回目も、おかげさまで何事もなくスムーズに辿り着くことができました。毎回そのことに、素直にありがたいなあと感じています。「また来ていいよ」と言っていただけているようで、不思議とうれしい気持ちになるのです。
4月の初参拝――ご祈祷と御札
初めて訪れた4月は、ご祈祷もしていただき、御札もいただいてきました。
境内は山の中にあって、空気がぜんぜん違う。都市部の喧騒とは無縁の、静かで清々しい場所でした。神聖な空気の中でご祈祷を受けて、なんだか気持ちが改まった感じがしました。
2回目の参拝――今回はお参りだけ
そして昨日、2回目のお参りへ。今回はご祈祷はなく、お参りだけ。
でも、それで十分でした。
山の中を歩いて、境内に入った瞬間、ふわっと風が吹いて。木々のざわめきと、どこか遠くの鳥の声。忙しない日常から切り離されたような、あの感覚がまたありました。
「心が整っていく」という感じ、うまく言葉にできないのですが、参拝を終えて帰るころには、なんだかすっきりとした気持ちになっているのです。
お守りの「納付」ができるのも嬉しかった
それから、もうひとつ嬉しかったことがあって。
片付けをしていると、昔いただいたお守りや御札が出てくることがあります。どう扱えばいいのか迷ったまま、引き出しの中に眠っていたものたち。
椿大神社には納付所があり、他の神社でいただいたお守りや御札もお返しすることができました。ありがたくお返しして、気持ちもスペースもすっきり。片付けの文脈でも、とても助かりました。
毎月通うことにした理由
正直なところ、片道2時間は「気軽に」とは言えません。でも毎月1回、この場所に来ることが、今の私にはとても大切な時間になってきています。
退職して、日々の慌ただしさが減った分、こういう「わざわざ行く時間」が持てるようになりました。友人たちと一緒に行って、帰りにご飯を食べて話して帰る。それも含めて、豊かな一日です。
来月も無事に辿り着けますように、と思いながら、もう楽しみにしています。
おわりに
身軽な暮らしを目指していると、物だけじゃなく、心の整え方も変わってくる気がします。毎月の神社参拝は、私にとってそのひとつになりました。
「心が整う場所」を持つこと、50代になって、そのありがたさをじんわり感じています。


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